~まず、はじめに~
CDIメディカルの「組織の風土・社風」を皆様に感じて頂きたく「CDIメディカル サポーターシリーズ」を企画しました。弊社が日頃、ご支援をいただいている方々をお招きしての対談シリーズです。
第1回目のゲストは6回のがん手術や心臓バイパス手術を経験された(公財)日本対がん協会常務理事、楽天銀行などの社外役員をされていて、弊社顧問でもある関原健夫さんに、「患者からみたがんという病」をテーマに対談をさせていただきます。
【関原健夫さん 略歴】
1969年京都大学法学部卒。
(株)日本興業銀行取締役総合企画部長、みずほ信託銀行副社長、JIS&T(確定拠出年金―日本版401K運営管理会社)社長を経て現在、日本対がん協会常務理事、楽天銀行(株)取締役等の社外役員。がん対策推進協議会委員・中医協公益委員・先進医療技術評価委員等多くの医療関係の公職を歴任乃至現職。
01年闘病記「がん六回 人生全快」出版、09年「NHKスペシャルー働き盛りのがん」としてドキュメンタリードラマ化。
【安島孝知 略歴】
1984年一橋大学社会学部卒。
ベイン・アンド・カンパニー(米国系経営戦略コンサルティング・ファーム)を経て、1989年(株)コーポレイトディレクション(CDI)に参画、現在、CDI取締役パートナーならびにCDIメディカル代表取締役CEO。コンサルティング活動は30年以上にわたる。医療機関、大学医学部・附属病院、介護保険施設、医薬品・医療機器メーカー、バイオベンチャー、臨床試験受託企業(CRO、SMO)、非臨床試験受託企業、病院給食企業、健康保険組合、金融機関(医療機関向けファイナンス事業)などのコンサルティング活動をベースに、多面的な視点に基づくメディカル業界への提言を行っている。
構成
(1)~対がん協会での活動~
(2)~がん検診の受診率の向上に向けて~
(3)~がん患者として・人生のヒント~
~対がん協会での活動~
安島:日本対がん協会とは、どの様な目的の団体なのでしょうか?
関原:対がん協会は、50年あまり前の1958年に消化器内科医の黒川利雄先生(元東北大学長、癌研病院院長)が、自分のところに助けを求めてやってくるがん患者は自覚症状のある手遅れの患者ばかりなので、症状に気付く前に、早期にがんを見つけて救いたいという強い思いが通じて設立されました。
安島:具体的には、どのように設立されたのですか。
関原:黒川先生がアメリカでの留学を終えて、帰路の船中で知り合った著名なジャーナリスト笠信太郎
(朝日新聞の論説主幹)にそうした患者への強い思いと今後がん患者がどんどん増へて行く懸念を告げたところ、笠信太郎は、ちょうど進められていた朝日新聞社の創業70周年の事業の柱として協力しようということになりました。その頃は戦後、国民の最大の病で、死亡率NO1だった「結核」対策として全都道府県に設置されていた法定伝染病結核診療所が、結核が薬で完治する様にもなったこともあり、施設の縮小化の必要に迫られていた時期だったので、その施設をがんの検診や予防に活用しようと始まったのが対がん協会の生い立ちです。
安島:笠信太郎さんですか、大学時代によく読みました。
関原:当時の日本はまだ貧しく、患者が医者のもとに行くのも大変な時代でした。また、当時のがんは半分以上が胃がんで、黒川先生の地元東北では医療資源が乏しく、塩分過多の食生活のため胃がん患者は多かったようです。日立製作所と組んで「日立号」と名付けた検診車を開発、寄付して頂き、農村や町を巡回して検診を始めたのが対がん協会です。まあ、先人は実に素晴らしい人たちが多かったんだなと思いますよ。
安島:黒川先生や朝日新聞社が中心になって設立したのですね。
関原:加えて、朝日新聞社の働きかけで、日本の医学界や経団連を中心とした経済界も賛同して下さったりしてできたわけです。公益財団でもあり、それ以外にも企業や一般国民から寄付を受けて活動をしているわけで、その立派な生い立ちはドラマになると思います。
安島:アメリカにもあるのですか?
関原:アメリカにも同様な組織(アメリカ対がん協会)があり、黒川先生は、留学中にこの存在に気付かれたことも強い思いの背景です。アメリカ対がん協会は、更に歴史が古く、当時から役所や駅など市民の集まるところでは、対がん活動や協会をPRするポスターが貼られて周知されていたようで今では米国民の90%が認知し、大学生の就職人気度10位の世界的な社会活動組織に成長しています。
安島:アメリカは、日本と同じような活動をしているのでしょうか?
関原:大きな違いがあります。世界的にみても、米国を含め先進諸国は日本に比べ格段に大規模で活発な活動を展開していますが、日本のように対がん協会で検診を自ら行っている組織はありません。彼らは、検診は医療行為であり、医療機関の仕事と考えています。では、一体何を一番やっているかといえば、検診の受診勧奨やがんの啓蒙活動とがん患者や家族の支援活動です。これは医療資源や医療保険制度、さらには社会風土や文化・宗教の違いも背景にあるかと思います。そういった違いもありますが、日本社会も少子高齢化や家族・社会構造の大きな変貌も進んでいますから乳がんのピンクリボン活動やリレーフォーライフ活動などを通じて、日本の対がん活動も欧米の形になってゆくと思います。
安島:世界では、がんの早期発見などの啓蒙活動を一番でやっているのですね。
関原:もう一つは、がん情報の提供です。がんに罹患すると、患者はもうダメなのではと心配になったり、
家族もとても不安になったりします。こうした患者さんやご家族の負担を少しでも軽減するために冊子を作り、電話での相談やITを活用した情報提供の充実も図っています。
また、結局のところがんは良い薬や医療技術無しには治りません。かたや大学や研究機関の研究費は厳しいことも現実で、ピンクリボンやリレーフォーライフなどの活動を通じてがん患者や家族、さらには広く国民から寄付を募って、こうした大学や研究機関への研究活動費を助成するとか、医師や研究者の留学費を支援するといった研究支援も行っています。
だからこそ、対がん協会には活動資金も必要ですが、寄付をする患者や国民にとっても何らかのメリットが必要です。がんの情報が充実すれば、がん患者は自分自身のがんをしっかり理解して、主治医と話をして納得して治療に臨めますし、よい薬や医療技術の開発が進めば患者のメリットも大きいこと訴えて、お金を集めています。
安島:そういった情報はHPで提供しているのですか?
関原:HPに加えてコールセンターを開設して、医師や専門スタッフによる個別相談や医師面談による相談も受け付けています。パンフや書籍、ネットを通じて知ること、理解することと違って、やはり専門家と直接話すことで理解も進み、気持ちが和らぐ面もあります。皆保険で、高額療養費制度もあり、治療にはそんなにお金はかからないとか、医師への対応、家族との関係など様々な相談を専門相談員や医師が直接電話で応じていて、患者のために役に立つ存在であり、社会活動を行う使命を担っているのです。
~がん検診の受診率の向上に向けて~
安島:よく関原さんからは、君達は素人だから出来ることは予防と検診くらいなのだと教えて頂くのですが、日本の受診率はまだまだ低いですね。
関原:そもそも検診というのは医療保険制度の対象ではないので、正確なデータもなくわかりにくいのです。公的な助成を受けての市町村の検診では受診率がわかりますが、企業で実施している検診と個人で受けている検診の正確な数値は不明であって、いまだに、特定の地域を調べて、それをもって全体を推計している状況です。しかし、今後は、がん登録も法制化されましたので、データ整備も進むでしょう。
安島:欧米の検診受診率はもっと高いものなのでしょうか?
関原:数字からみればはるかに高いです。例えば女性の乳がんや子宮がんの例で言えば、検診受診率は8割程度と、検診は当たり前となっているのですよ。
安島:そんなに高いのですか!何故ですか?
関原:学校教育や啓蒙の仕方もあるし、米国の民間保険には検診をきちんと受けていないと保険金は支払われない、という条件もあって、一種の飴と鞭の様なものですね。イギリスでは、医者が勧奨して検診を受けさせた場合には、医者にも経済的なメリットもあって、結局のところ検診を受けるインセンティブが医者にも患者にもあるのです。アメリカの場合には逆にディスアドバンテージで、受けなければペナルティがあるわけですね。
安島:日本でもそうなって然るべきとも思うのですが…。そういった話はタブーなのでしょうか?
関原:タブーではないのだけれども…。日本には皆保険があって、この皆保険は悪平等だという人もいる程恵まれているわけですね。しっかり予防をしている人も不摂生している人もみな同じ扱いのわけですから。医療費が安く医者に容易に診てもらえるので予防は自分のためという意識が日本人には弱く、一種の甘えでしょう。ちょっと風邪を引いたから病院に行くなんてのは、世界的にみればあり得ない話しですね。
安島:国民皆保険が浸透し過ぎてしまったのかもしれませんね。もう少し厳しくした方が良いのでしょうか?
関原:民間のがん保険も禁煙や予防を心がけている人や定期的ながん検診を受けている人は、掛金が安いとかですね。以前に保険会社の人と意見交換をしたことがあったのですが、結局は、商品は横並びで、どこか一社だけが始めるわけにもいかず難しいようです。また、日本のがん保険は外資系の独壇場でもあるしね…。
~がん患者として・人生のヒント~
安島:がんになると、やはり焦る気持ちは押さえきれないと思うのですが、どの様に過ごすのが良いのでしょうか?
関原:がんは年間に85万人が新たに罹患する最もかかりやすい病です。かつ、罹患すると40%強の患者が命を失う最も怖い病だということが教育されておらず、元気な時には所詮他人事です。わかっていれば、タバコを止めたり、検診を受けようと思うわけですね。自主性や自己管理、自主判断が弱い国民かもしれませんね。
安島:がんにかかったとわかった時に、残りの人生でやらないといけないことをリストアップしたと伺ったのですが…。
関原:私は勤務地のアメリカでがん宣告を受けました。米国で手術を受けるか、日本で受けるかを凄く悩みましたが、大腸がんは米国で最も多いがん(日本では胃がん)、手術も日本と比べ遜色もなく、米国で受けました。リストアップの話は手術を終えてからです。病理検査の結果でリンパ節に多くの転移があり、再発リスクが高く、5年生存率20%を告げられ後です。当時、ニューヨークでがんの再々発で闘病中の友人千葉敦子さん(日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家)に言われたのがきっかけでしたね。彼女自身は、「1年生きられればこれ、2年生きられればこうすると、やるべきことをリストアップしています」と言われました。彼女に本当にそう言われたのです。
安島:千葉敦子さんの本を読むと、そうされたのもわかる気がします。でもそういったことは、簡単に出来るものなのでしょうか?
関原:やはりそういう設計というのは容易ではなく、結局、それまでどんな人生を過ごしてきたかによると思います。死を意識させられる病気だと、そういう設計をする人も少なからずいるでしょうし、ただ、毎日おたおたとしてしまう人も多いかもしれません。それまでに人生をどう過ごしてきたかで全く違うような気もします。
安島:違いますか。
関原:違うと思いますよ。人によって。
安島:そうですか。
関原:私の場合は、アメリカで厳しい告知を受けてしまったのでね…。当時の日本では、普通はそういった告知をしませんでしたからね。今でも、激しい副作用を伴う抗がん剤治療や長期間の治療を引続きする場合には正しく伝えるでしょう。がんを切除して念のために抗がん剤を補助的に使用する場合には、「あなたの残りの命は」とは伝える必要はないし、そもそも確立した告知の仕方はありません。
アメリカでは、医者は特にリスクヘッジのためにも告知はしっかりします。逆に伝えないで訴えられることもありますからね。自律性や独立性が大切と教育されている、従って「己の命に係わるがんについて正しく告知されるのは当然」と考える国民性や宗教観も日本とは違っていますね。
安島: がんにかかった時には、セカンドオピニオンを求めたり、色々な人に相談するのが良いのでしょうか?
関原:どこの病院で診断や治療を受けるのかを最優先に考えるべきですね。がん医療の最前線にある癌研有明病院や国立がんセンターの診断に対して、セカンドオピニオンを求めたからといっても、実際のところ、そういった最前線の診断結果や治療方針を覆すことは医学上有り得ないと思います。原発のがんのほとんどに標準治療が確立されており一流病院なら大丈夫ですが、難治がんや進行がんの可能性があるなら、最初に行く施設をしっかり選ぶことが大切です。そこがしっかりしていれば、セカンドもサードも特に必要はないのです。
セカンドオピニオンの価値が出てくるのは、いくつかの選択肢が出てくる転移のがんなどの場合ですが、納得して治療を受けるためにセカンドオピニオンを求めることも、有効な場合があるでしょう。
安島:がんにかかったら、まず病院を決めるということですね。自宅の近くで通院しやすい病院とか。
関原:間違っても、家の近くだったからこの病院にしましたというのは…違うのです。
安島:自宅の近くはだめですか…。
関原:そもそもがんというのは一刻一秒を争う病ではないわけで、心臓病とか脳の病とは違いますね。一年入院します、二年入院しますということもないわけですから。これだけ交通網も発展しているわけで、出来る限り治療成績が良い病院や経験豊富なところで受ければ良いのですよ。
早期がんや治癒率の高いがんなら病院間であまり差はありませんが、難易度の高い進行がんに関しては、うまくやれるところと、そうでないところがあるわけです。連日報じられている某大学病院の肝臓がん手術のミスは極端な例ですが。やはり後で後悔をしないよう病院選びはしっかりすることが大事ですね。
がんは患者の4割強が亡くなる大変厳しい病であることを認識するべきで、ちょっと遠いとか、交通費がかかるというのは問題にはならないのです。いま、国の指導で各都道府県には拠点病院や連携病院が指定され、そういった施設には相談窓口も設置されていて、がんに関して話を聞くことができるわけです。対がん協会の相談窓口に相談もできるので、あとで後悔はすべきではないですね。
安島:それだけあとで後悔する方が多いということでしょうか?
関原:何故、最初にそこの病院に行ったのかと後悔する人の大半は、家族に迷惑をかけたくないので家の近くにしたとか、勤務先の指定病院だったからといった安易な理由が多いわけですよ。また別の理由では、最初に行った診療所の先生の出身大学や、以前に勤務した病院を紹介されたとか、そういうのもあるわけで…。がん医療は日進月歩で進歩しているため、ホームドクターがそういった最新のがん医療に追いついていないし再教育の機会もないというのも、ある一面の問題としてはありますね。そうはいっても、最後は患者自身が決めるしかないのです。
安島:具体的にお伺いすると、確かに細かに調べてはいないと思い当りますね。
関原:これだけ情報が溢れ、がん種ごとに患者会も充実してきたわけで、女性特有のがんであっても、ホームドクターに聞きにくいということであれば、下手に医師に聞くよりはそういった患者会の方が、どこどこの病院や先生が良いという評判や情報には長けているわけなのですね。とにかくたった一つしかない命なのですからじっくり大切に考えてほしいですね。
安島:がんは一刻を争うものではないとは言え実際には焦ってしまいますね。私も身に覚えがありまして、父ががんにかかった際に話し合ったのですが、結局は父が家の近くで良いというのでそこに決めてしまったことがあります。もう一つ、お聞きしたいのですが、例えば、知人ががんにかかったという話を聞いた際に、その当人にどう接するのが良いのか迷うのです。病気のことを、直接、聞くのも聞きにくいし、逆に連絡を取らないのも変ですし…。何か手伝いたいのですが実際にはどうするのが良いのでしょうか?
関原:そういう際には、手紙を1通届ければよいと思います。“貴方が患っているという話を耳にした。医学も進歩している。君のことだから心配は無用かと思うが、何か自分に役立つことがあればいつでも連絡をくれ”ということが伝われば良いわけですよ。日本人は人に対する思いやりの気持ちはあっても、その気持ちを率直に口にする、文字にして表現することが下手ですね。
要は、I Love youが言えれば良いわけで、実際には何が出来るかわからなくても、当人にとっては、そういった自分のことを気にしてくれている友人がいるということが分かれば大いに支えになるわけですよ。
間違っても、たばこばっかり吸っていたんだろうとか、不摂生ばかりしていたんだろうといった、当人が胸を痛める様な言葉でなければ、良いのですよ。まあ、私は宇賀君にそういうようなことをよく言いますが、人一倍健康だから言うわけでね、君が万一病気になったら優しく接しますよ。(笑)
宇賀:(笑)
関原:手紙一枚、はがき一枚でよいのだが、日本人は、これができないね。
安島:できないですね。
関原:できない。
安島:最後になりますが、終末期医療というのはどう考えていらっしゃいますか?
関原:大半の、特に高齢者は、苦痛の除去、即ちQOLの改善以上のものは望んでいないのではないか。私自身もその考えです。延命に関しては非常に難しい部分もあり、個人の考え方が色々ありますね。
私は家内に私の延命に関する考え方を紙に書いて渡しているわけですよ。Living willを明確にしておかないと、いつどんなことがあるかわからないので、残された人のためにも必要ですね。
(終)