【CDIメディカルEye】「歯科業界の現状とこれから」~WHITE CROSS株式会社・赤司征大社長 インタビュー~( 4 )

はじめに

「歯科医院=虫歯を削るところ」というイメージを持つ方は多いのではないだろうか。実は、いま、歯科医院はそのイメージから大きく変化しようとしている。

近年、口腔内の健康と全身疾患の関係がさまざまな研究から報告されていて、2019年の「骨太の方針」に医科歯科連携や歯科予防に関する項目が記載された。それに応じて、近年の診療報酬においても周術期や在宅医療において医科と歯科の連携に対する評価の拡充、予防治療に対する評価の新設などがなされている。医科の疾患管理の面で、歯科が非常に重要であるという認識が広がっているのである。そのような背景から、弊社でも改めて歯科分野に注目をしている。

歯科は自由診療の範囲が大きいなど、医科とは異なる環境もある。また高齢化などを背景として、治療内容、取り巻く課題など、歯科領域における状況そのものも変化しつつある。そのため、最新かつより深い情報を得ることが、歯科領域の状況を正確に把握することで必要である。

そこで、今回は弊社の市場研究の一環として、国内外の歯科業界の事情に詳しいWHITE CROSS社・赤司征大社長に、歯科業界の現状と今後、国内外における状況についてインタビューを実施した。今後、4回に分けその内容を連載する。

  1. 歯科分野における今後10年、20年の変化
  2. 特に重要な技術(システム・機器・材料など)
  3. 歯科業界を取り巻く環境
  4. 海外の歯科先進国における現在のトレンド、日本との差異

WHITE CROSS株式会社 代表取締役 赤司征大様 略歴

2008年、東北大学歯学部/2015年、UCLA Anderson School of Management卒。歯科医療法人にて診療に従事しながら、中小企業診断士として業務改善に携わった後、UCLAにおいてMBAを修学。2015年、WHITE CROSS株式会社を共同創業。東北大学歯学部/大阪歯科大学大学院/松本歯科大学/日本大学松戸歯学部 非常勤講師。神奈川歯科大学 医療経営学招聘講師。東京都歯科医師連盟会員

ご参考:歯科医師向け情報サイト「WHITE CROSS」

(4)海外の歯科先進国における現在のトレンド、日本との差異

Q.日本と海外の歯科先進国の相違点について、お教えいただけますか?

実は日本は歯科先進国です。広く世界に200カ国ほどの国がある中で、そもそも社会一般に歯科が浸透している段階で歯科の先進国ということができる、ということです。米国とはどこが違うのかというと、米国はそもそも皆保険制度のようなものがなく、一部の公的保険においても歯科はほぼ組み込まれていません。ほぼ全てが自費で単価が高い世界観の中で、同じ治療でも日本の何倍も時間をかけることが出来ます。それで歯科医師としての職業満足度が高い、というのが米国の歯科医療の特徴です。しかし、貧しい地域においては全く状況は異なっています。歯科医療から断絶され、う蝕や歯周病が溢れている地域もあります米国では歯科医療は言わば「ぜいたく財」である一方、日本では公共財になっているというのが大きな相違点で、日本は公共財としての歯科医療を最適化させてタイプのエコシステムを持っている、という理解が正しい認識だと思います。どちらかが優れているというものではないですが、社会最適で考えれば日本の方がいい部分も多々あるのだと思います。

では歯科材料の面ではどうしてギャップが生じるか、ということについては、FDA(アメリカ食品医薬品局)が承認、認可したらすぐに臨床で使用できるというのが大きな相違になります。翻って日本では、広く社会で使用できるようになるには保険制度に入る必要があります。日本の場合は並行して自費診療もありますが、例えばMTAフロー(根管治療で使用する充填剤)も最近になり国内での承認が下り自由診療においてのみ使用されるようになったものの、それまでは医師が個人輸入をする場合や、自費診療を前提に一部で販売されているものを購入する場合を除いて使用されませんでした。また、最近国内でもポピュラーになったアライナー矯正も、米国では20年以上前から用いられている技術・製品ですので、国内で一般的になるまでの期間には差が生じるケースもあります。

–海外にあって日本にはないもの–

実は、臨床で適用されている歯科の製品で海外にはあるが日本にはまだないもの、というものは、個別具体的には「あまりない」ということになります。日本のメーカーの製品が海外に輸出もされるし、逆に向こうで作られた製品が輸入されてもいるという状況です。ただ、やはりFDAさえ通れば流通できる米国と比べると新しいものが入ってくるのが遅い、という実情はあります。そのような製品は、医師がEC(ネット通販)サイト等から、あるいは個人輸入という形で購入し自由診療として使用する、といったケースもあります。

信憑性の高い市場規模のマーケットデータが出てこない中国を除けば、日本の歯科市場は世界で二番目に大きい市場規模を持っています。米国が一番で、EUはまとめたら日本より大きい市場でありますが、国単位で見ると日本の方が大きな市場です。論文数やインパクトファクターで評価しても、日本はかなり良い位置にいます。Journal of Dental Researchというインパクトファクターの高い世界的な専門誌においても圧倒的に一番なのは米国ですが、日本は長きに渡り二番手にいたので、日本は強いイメージがあります。

ただ、新しい治療の拡散・浸透ということでいうと材料や機器に頼るところが多く、例えばリグロスのように日本のメーカーとアカデミアが連携して開発したようなものがあります。しかし、それで大きくプレイヤーが変わってしまう、というような変化は起きていません。

ンプラントにおいても、ヒトの歯根の形状をしたものなど開発されているが、それが現在市場に存在するドリリングしてフィクスチャーを固定する方法より臨床的に優位性があるというところまで行っておらず、またそれを証明するには相当時間がまだかかるだろうと言われています。また、デジタル関連の部分では新しい技術の開発があり、例えば技工士さんの神の手で作っていたようなものをAIを使って取り組んでいたりしますが、まだディープラーニングを行うようなものではなく、パターン認識の延長線上程度の技術に留まっているように思われます。ドラッグ・ラグについては、MTAフローなどは確かに海外で生まれることが多いですが、それは日本が臨床試験をやりにくいからというのが原因となっています。

–日本が進んでいる領域–

研究という面では、先日スウェーデンの歯科医の方と話すことがあったのですが、「高齢化が進んでいる日本の方が、歯科の治療や機器も進んでいるはず」というようなことを言われました。実際日本の方が進んでいるところもあると思います。ただ日本と海外の一番の違いでいうと、専門医教育は米国がかなり進んでいるといえます。歯周病なら歯周病に関して徹頭徹尾学ばせて、今の先端はどこかということを集中的に、ブートキャンプ的に教育する環境は米国では整っています。米国では歯科医師会が学会を規定をしていて、そこで論文の規定もはっきりしています。その点米国の方が歯科医学が科学として体系だって教育されていると言えます。スウェーデンは産学連携が強く、民間の企業と組んで色々開発を行うようなところがあり、それが世界でディファクト化したインプラントシステムというものを生み出したようなところがあり、日本とはまた異なる環境であるとはいえます。

一方で、日本の訪問歯科のような診療は米国ではあり得無いと思っています。先日、医科歯科連携の話題についてHarvard大のJohn Da Silvar副学長と議論しましたが、米国でも医科歯科連携をこれからやろうと思っていが、それは歯科医院に看護師を配備するようなサービスとしてやろうと考えている、とのことでした。歯科医療そのものが贅沢材である米国において、そもそも歯科医院への来院のハードルが高いため、その恩恵を受けられる人も自然とお金がある人に限られてしまいます。日本はそれを皆保険制度上で成り立たせるような形で進めていて、今後世界中でいま日本が辿っているような少子高齢化のような状況になるにあたって、日本はその経験を持った先進的な国、という面があります。高齢者医療や全身への影響をどう排除していくか、といった取り組みについては、日本が先進的であると思います。

–輸出輸入のバランス–

国内はナショナルブランドがほとんどです。そこに対して海外の大手歯科メーカーが入って来ている、という構図です。日本のメーカーが、海外企業の製品に自社ブランドを付けて販売する、というようなこともあり、世界各国でその国のパッケージに合わせて、お互い輸入・輸出をし合ったりしている、という状況です。例えば、国内のEC(ネット通販)企業が中国や韓国の製品を安価に買い付けて、国内企業で販売するということも行われています。

–現在注目している新しい技術、歯科材料–

技術の面では、ペリインプランタイティス(インプラント周囲炎)とどう向き合っていくかということは非常に重要です。在宅で寝たきりの方にインプラントが残っていてケアがされていないようなケースが結構出てきていて、それに向き合うためのフローの確立が望まれます。インプラントの処置をした先生も患者さんが亡くなるまでずっと在宅で診続けるわけでもありません。悪いケースだと、炎症が悪化しているのにも関わらず認知症があり噛み続けていて、どうすることも出来ないというような状態というケースも診たことがあります。これはどちらかというと、歯科医療の発展に伴う新しい課題として出てきているものであり、今後取り組みが必要になって来ているものです。

–国内企業に求めるもの–

日本の材料・機器メーカーには、今の延長線上をずっと走っていって貰えればと思っています。歯科医療において、一朝一夕に市場からの信頼を得られる何か急にものすごくイノベーティブなことが起こるというものでもないだろうと感じているからです。ただ、一方で高齢者歯科に対応する基本的な部分がまだ出来上がっていないのではないかとも感じています。

例えば、寝たきりや認知症の高齢者の口内を効率的に清掃できるような器具は需要があります。これはどちらかというと、歯科の専門的なものというより一般市場で販売して欲しい分野のもので、国内企業が最初にイニシアチブを取って高齢者向け口腔ケア製品を一般向けに販売していってもらいたい思っています。歯科というものは、歯科医院で出来ること以上に日常生活でやっているケアが多いものです。専門家がやる部分については、それはそれで科学として積み上げていけばよく、これまで以上に高齢者向けにその家族が使えるようなもの、より利便性が高く安全性が確保されたものを作り上げることが出来れば非常によいのではないか、と思います。現状は、より高齢社会に寄り添ったタイプの基本的なケア用品が足りていない状況だと理解しています。

歯科医療は健常者のためのものと思われてるようなところがあって、私の臨床医時代の肌感覚では、歯科医院に外来で来られるのは95%くらいは自分の意思で歩いて来院してくるのですが、そこで見逃されているものが日本社会や世界で考えた時に重要になってくるのではないか、解決されると非常によいのではないか、と考えています。

( 完)

*CDIメディカルでは医療分野、ヘルスケア分野のコンサルティングのテーマとして、引き続きこの『歯科関連』にも注目をしていきたいと思っています。情報交換などして頂ける方はぜひお願いいたします。

株式会社CDIメディカルお問い合わせ先

文責:山下 耕平

山下 耕平(株式会社CDIメディカル Consultant)

早稲田大学人間科学部卒、同大学大学院人間科学研究科修士課程修了。

医療機器メーカー、医療機関向けコンサルティング企業、医療系ベンチャー企業を経て、現在に至る。