前回に引き続き、医療分野への異業種企業の参入についての解説です。
今回はその2(最終回)として、維持・発展が望めなくなった場合の撤退について解説いたします。
3.維持・発展が望めなくなった場合の撤退について
医療分野に参入した事業が、利益を生み出せない、長期間低迷している、新たな技術獲得のために莫大な投資が必要となるなど、現在の事業の維持・発展が望めなくなった場合には、事業の(一部)廃止、売却などを検討する必要が出てきます。事業からの撤退について、まずは基本の軸となる社内的な意思決定に関して考えていきます。次に、製品等の供給先との関係である医療機関とその関連問題について、最後に監督官庁との関係として許認可の廃止などについて考えていきます。
「社内的な意思決定」について
意思決定をするためには、事業の現状と将来の見通しを把握していくことが基礎となりますが、販売中の製品、展開中のサービスのみならず、開発中の製品、研究中の技術、準備中のサービスについての客観的な評価が重要です。参入領域で技術革新や制度改革が進みトレンドが変わってくる場合には、自社の開発の方向と整合性が取れているかの判断が求められます。また、参入した市場だけではなく、特に発展の著しいアジア諸国の市場での可能性は探っておくべきです。日本や欧米などのいわゆる先進国市場とは異なる環境やニーズにおける製品等の需要もあり得ます。
事業からの撤退の判断ついては、収益性、将来性を市場でのシェア、ブランド力、技術力などを含めて決断していくこととなりますが、医療分野での事業の特有の問題もあります。医療分野での事業は製品やサービスが人の生命、健康に関わるために、社会的貢献として社内的、社外的にシンボリックとなっている場合です。特に、参入時には社会的貢献として積極的にアピールして事業を開始しているケースが多く、後で述べる人命にかかわるための医療機関への供給責任とともに、決断を困難とする要因となります。このような問題の対処として、参入前に自社の医療分野での事業の目的を明確にし、合わせて撤退基準を定めておくことが重要です。
また、組織としての撤退の方法は、事業を自社の事業部としている場合、自社独自又は他社と協力して関連会社としている場合などにより異なります。事業部の廃止や関連会社の解散といった形ですと、人事や資産売却の問題は別として、事業は終了するため組織的な手続は複雑にはなりません。一方、自社の事業の事業譲渡や関連会社の株式譲渡などによる売却は、人事や資産の面でメリットもありますが、買い手や受入れ先を探して交渉する時間と手間のコストがかかります。更に、自社の事業を会社分割(新設分割)により別会社として売却又は存続させる方法もあります。これは、自社は事業から撤退できるのに対して、事業は継続するので供給や人事の面でメリットがあります。ただし、分割した別会社に債務を押し付けて債務超過とするなどの濫用的会社分割は債権者との紛争の原因となりますので注意が必要です。
「供給先との関係」について
医療製品やサービスは、患者や消費者が直接に購入する一般用医薬品や血圧計(医療機器)などを除き、原則、医療機関に供給されます。製品等が医療に関わるものであるため、撤退による供給の停止は、医療上の問題を発生させないかに注意する必要があります。
具体的には、製品等の供給責任と代替性、製品の安全性の問題についてです。企業の製品等の供給責任は、制度的には血液製剤などを除き原則ありません。ただし、医療機関との信頼関係において特定の製品の供給停止が問題となることもありますので留意しておくべきです。また、供給停止により医療上の懸念がある場合には、監督官庁からの干渉を防ぐため、その払拭は必要です。製品等の代替性は同一用途のものがあれば通常は問題ないのですが、外科用の製品などでは医師の手技よりその製品の代替が難しいものもありますので、代替品の存在についてはしっかり確認しておくべきです。
製品等の安全性については、事業から撤退しても民事上の損害賠償責任は残っていることを念頭に置いて、安全性を短期的なものと長期的なものに分けて対応が必要です。短期的な場合として、製品の特徴によりある程度の有害事象が避けられないもの、重篤な有害事象が発生してしまっているケースなどです。このような場合には、事業から撤退したとしても一定期間は慎重な対応が必要となります。
一方、長期的な場合として、例えば、体内に入れる医療機器や再生医療等製品など、長期にわたって体内で使用、残留する製品を供給していたケースがあります。製品供給を停止した後、かなり年月が経ってからの有害事象発生の可能性があるので、このようなケースでは、長期的な有害事象が発生するリスクについて医学専門家に評価を受け、その結果を参考に撤退後の体制や対応について計画していく必要があります。
製品等の供給を終了させる時期や方法については、医療機関への情報の周知やその後の対応が重要となります。そのため、自社の販売員などにより直接アクセスしているケースよりも、代理店などを通じて間接的に医療機関とアクセスしているケースの方が複雑になりますのでそれについて考えます。
代理店などを通じて医療機関に製品等を販売しているケースでは、事業から撤退の意思を代理店に伝え、撤退の時期や方法について協議する必要があります。その際、複数の製品を複数の代理店を用いている、OEMで製品を供給しているなど、代理店側の事情の違いがありますので、全体をどのように進めていくのか、事前に十分な検討が必要です。また、先に述べた撤退後の安全性の対応について、事業から撤退する企業も代理店も共に責任を負っているので、責任部署、情報の窓口、医療機関からの情報収集など、医療機関とアクセスしている代理店との間で役割を定めておく必要があります。
「監督官庁との関係」について
監督官庁については、事業開始時に都道府県による製造業や販売業の許可、医薬品医療機器総合機構(PMDA)と厚生労働省による製品の製造販売承認や第三者認証機関による製品の認証などで、事業開始後は製品の変更の認可、流通、監視指導などで関わってきています。
監督官庁との関係における事業からの撤退とは、これまで得た業の許可、製品の認可を廃止することが中心となります。まずは、現在取得している業の許可、製品の認可について、事業からの完全撤退により全てを廃止するのか、休止や一部存続、会社分割などにより承継させるのかを明確にすることが必要です。事業を他社と共同で運営、代理店を利用して販売しているなどの場合では協議が必要なことがあります。
廃止についての手続きは、業の許可については「廃止届」を都道府県へ、製品の承認については「承認整理届」をPMDAへ届け出ることです。届出とは要式行為であり、一定の方式に従って届けることで効果が発生します。ただし、届け出た際に、監督官庁が気になる事項があれば質問が来る可能性はあります。業の許可及び製品の承認の廃止は事業撤退の重要な手続きですので、監督官庁が気になる可能性のある事項については対応できるようにしておくことが望ましいです。
業の許可を廃止したことにより、既に販売した製品の安全性上の問題の把握やその判断が遅れるおそれがあります。医療市場に流通させた製品に重篤な有害事象や欠陥があることが判明したにもかかわらず、当該製品を使用した者に適切な措置をしなかったことによって、人の生命や身体が害された場合には、民事上の損害賠償責任に加えて刑事上の業務上過失致死傷罪(刑法211条1項)が問われる可能性があります。業の許可の廃止により直接の監督官庁は無くなりますが、自社が販売した製品の責任は継続しますので、販売した製品のリスクに応じた事業撤退後の安全性モニタリング体制を忘れずに構築することが求められます。
以上、「医療分野への異業種企業の参入」として、2回にわたり、参入後の事業を継続・成長させるための重要な事項、維持・発展が望めなくなった場合の撤退という出口について考察いたしました。
異業種からの医療分野参入といっても多種多様なケースがあり一般化するのは難しいですが、成功する場合には成功の数だけのサクセスストーリーがあるのに対して、失敗する場合には大抵のケースで共通事項があります。異業種から医療分野へ参入された企業、これから参入をお考えの企業の皆様のご参考になれば幸いです。
文責:岡野内 徳弥
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岡野内 徳弥(株式会社CDIメディカル マネージングコンサルタント)
静岡県立大学大学院薬学研究科修了、マサチューセッツ大学ビジネススクール修了。
博士(薬学)、経営学修士。
厚生労働省、独立行政法人国立病院機構、独立行政法人医薬品医療機器総合機構、国立医薬品食品衛生研究所、環境省、法務省、神奈川県を経て、現在に至る。